台湾からのメッセージ(2)日本人は大東亜戦争を思い出せ

戦後の名曲「港が 見える丘」のコメント欄にサイト主「Wo Yes」さんのメセージとして「日本は強くあってください~台湾から日本へのメッセージ~」を見よとあったのが前稿「日本は強くあってください」を書く切っ掛けですが、では「Wo Yes」とは何者であるかと疑問を感じサイトを見てみると2013年に大量の戦時の日本の歌謡曲が約100曲程が固まって以下の2章(1)の図に示すようにあった。

台湾の政治的サイトが何故、戦時の歌謡曲を大量に掲載したのかを探ってみたのが今日の記事なので以下は歌謡曲の話が中心になるので「俺は演歌が大嫌いだ」と言う方は読み飛ばして頂いて結構です。

アメリカにボロクソにやられた大東亜戦争など見るのも聞くのも嫌だと言うのが大多数の意見、しかし戦後75年が経過し羽を休める時期は終わったようであり、我々は同戦争を直視し立ち上がらなければならない時が来たようである。

大東亜戦争こそ日本民族の故郷

日本が世界史に登場するのは明治維新1868年からである。白村江の戦い663年に敗れ大陸と交流を断ってから約1400年間眠っていたと言うか繭の中で羽化を待っていたと言うのが正しいのかも知れないが、それを欧米列強に夢を破られ、激動の時代に突入、ロシアを破り、そのあと侵略者である米英等列強数カ国を相手に日本一国で大東亜戦争を全力で戦って敗れたが、その結果は相手即ち米英仏蘭等の植民地を全て叩き潰し、戦後は高度経済成長で世界を震撼させたがその夢も敗れ、21世紀に入ると世界から気象兵器によるテロ攻撃を受け続け、友邦の台湾からも心配される程である。

戦争を民族の盛大な作品と考えれば大東亜戦争こそが日本民族の最大の作品であり、同民族の生死を賭けた戦いであったのだが、戦時の歌謡曲の名作が無数に誕生したのはその発露であり、強い言い方をすれば同戦争こそが日本民族の故郷と言い換え得るのではなかろうか。

2章 日本人は大東亜戦争を思い出せ

誰でも苦難に遭遇すれば本当の力が湧いてその本性が顕になるが、日本の大東亜戦争時がそうで開闢以来最大の危機に直面し、日本民族の本性が顕になった時ではなかっただろうか。

ところが今の日本はアメリカに国土防衛にまかせ段々に腐敗堕落しつつあった。台湾としては今の軟弱な日本では困るのであって、強い日本で共産中国と対抗して欲しいと思っている。

日本より戦後遙かに厳しい道を歩んだ台湾の支配層達はこれを良く知っていて、今の日本を苦々しく思っていて「日本は大東亜戦争を思い出すべきである」と常々感じていたが、即ち台湾の人々は日本が捨ててしまった大日本帝国を台湾発展を作ってくれた素晴らしい存在でると思っているのだ。そこへ日本は戦後最大の苦難である311東北大震災に襲われたのである。

日本を心配した台湾の支配層はその支援の為にメセージ作戦を思いつき実行した。それが前回の「日本は強くあってください」であり今回の「日本は大東亜戦争を思い出せ」作戦であると想像する。

(1)「日本人は大東亜戦争を思い出せ」作戦

その作戦とは戦時歌謡(戦前戦中戦後を含む)における日本の名曲100曲を男女各1名の歌唱力抜群のプロ歌手に完璧に歌わせ、そして歌手は日本あるいは台湾から選ばれ、歌手名は発表せずにユーチューブに一気に発表する。

これで日本の人々に当時にも素晴らしい歌謡曲が存在している事を知らしめ、大日本帝国が米英が宣伝するような悪ではなく、当時は戦争時代で人々にとって苦しいが、しかし民族の特徴を最も発揮し輝いた時代でもあることを知らしめるためである。

戦後の歌謡を席巻している欧米発のロックなどは、ディープステートがアメリカを弱体化するためにイギリスのタビストック人間関係研究所で生み出されビートルズとしてアメリカに送り込んだものなので、もともと反社会的な特性を持つが、それら欧米の腐敗した精神に足元を抄われ行き場を失っているのが今の日本社会なのである。

だから台湾の人々が日本よ「素晴らしい大日本帝国を思い出せ」そして同帝国へ帰れと、その発露である素晴らしい戦時歌謡を多数作ってユーチューブ動画で情報発信したものであると想像する。

着手は2011年、ユーチューブのアップは2013年、サイトは「Wo Yes」(台湾、歌謡サイトではない)に一気に約100曲がアップされたリストの一部を下記に示す。

Wo Yesサイト収録曲

動画のスタイルは当時を偲んでモノクロそして伴奏も同様、歌だけが現代調で歌唱力は抜群、これは同じ曲を他サイトと聴き比べれば分かり、そのくらい徹底的に仕上がっている。

ユーチューブ動画にはコメント欄がありそこから台湾筋の情報を発信も出来るので情報拡散が可能なのである。前稿のテーマ動画も当該歌謡動画のコメント欄から知ったものである。

森昌子さんがこのプロジェクトに参加?

女性歌手に選ばれたのは森昌子さんであると想像する。彼女は東北大震災後の7月に台湾でコンサートを行っていて友人の紹介で、李登輝元総統をコンサートに招待したという。下はその時の写真である。

台湾の森昌子

これはもう台湾筋から森昌子さんがご指名で呼ばれたものと想像する。まあ、台湾を訪れる日本歌手など沢山いるので断定は出来ないが、辻褄が合いすぎでいて、まず間違いないと私は考えている。

次の「森昌子さん登場」の前に冒頭の「港が 見える丘」を以下に示す。

港が 見える丘

「港が 見える丘」の説明(同動画説明欄より)
 1947年(昭和22年)、新人歌手・平野愛子が歌って大ヒットした楽曲で、終戦直後の代表的な流行歌でもある。横浜市にこの歌のタイトルを冠した港の見える丘公園がある。
 ザ・ピーナッツの「手編みの靴下」(作詞:岩谷時子/作曲:宮川泰)は、この歌がベースとなって誕生した。そして更に岩谷が詞を改作したものが、園まりの「逢いたくて逢いたくて」である。

上記動画ですが、素晴らしい完璧な歌唱力だが歌手は不明(曲発表当時の歌手ではない)、動画の背景はモノクロ、動画発信サイトは台湾の「Wo Yes」、動画登録は2013/04/06、現在の最上級歌手の歌唱力をも上回って完璧に歌われていると思う。これはBGM としても使えますよね。

そこで私は同動画に下記のようにコメントを入れました。

(hiro:1 日前)
歌手は森昌子さんだと思います。この曲を含め「Wo Yes」には約100曲ほどの戦前戦中戦後の歌謡曲がありますが、これは台湾筋からの「日本人」へ「日本よ強くあってくだい」とのメセージです。

この一連のアルバムは男女二人のプロ歌手で歌われ、その一人が森昌子さんで、もう一人の男性歌手は不明です。彼らは歌唱力が優れ匿名でこのプロジェクトに参加したと思われます。

即ち、今のような軟弱な日本では厳しい立場の台湾は困るのです。日本人は強くなければ、大東亜戦争を戦った優れた日本を世界は求めているのです。

下記は同曲を森昌子さんが歌ったもので聴き比べるとソックリです。

港が見える丘 森昌子 Mori Masako


下記はモノマネ女王の森昌子さんの動画ですが、今回の台湾筋のプロジェクトにはピッタリの歌手ですね。

ものまね女王  森昌子 Mori Masako


今日は以上で次は「森昌子さん登場」です。ご期待ください。

(過去記事)
台湾からのメッセージ「日本は強くあってください」
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愛知県在住、昭和15年生れ、本名:野村宏、愛知工業高校機械科卒、某エネルギー企業入社、万年平社員で定年退職、好きな分野は文明論、世界統治組織に興味を抱き陰謀論にトライ、【制作・研究等での主な参考書籍】馬野周二氏著書、太田龍氏著書、田村珠芳氏著書、ユダヤ・ロスチャイルド世界冷酷支配年表(アンドリュー・ヒッチコック著)、増田悦佐氏著書、竹内文書関係、エイリアンインタビュー(マチルダ・オードネル・マックエルロイによるインタビューと手記)。Twitter「明日に向かって」

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