城壁なき都市文明、日本の世紀が始まる

現在世界を支配する西洋文明の時代は何れ終焉を迎え、次の日本文明の時代が間近にせまっている現代において、この両文明の根本的理解は必要不可欠であり、前稿に続いて今日も文明論です。

前稿「奇跡の日本史 花づな列島」の続編で、同じく増田悦佐氏書籍のご紹介。同氏は経済がご専門であるが、日本における文明論の第一人者でありその鋭い切れ味の的確な論調は定評があり、このブログでも頻繁に取り上げさせて頂いている。

城壁なき都市文明 日本の世紀が始まる
紹介する書籍は「城壁なき都市文明、日本の世紀が始まる」(増田悦佐著、2014年、NTT出版、以下同書という)ですが、世界では城壁都市が普通ですが、中世から現代までに経済覇権を握った都市は全て城壁なき都市であった。即ちベネチュア、アムステルダム、ロンドン、ニューヨークである。そして世界で日本のみが古代から城壁なき都市であった。

だから21世紀は東京が経済覇権都市となるだろというものです。

前稿と同様に同書の序文を下記に示す。

はじめに

この本の主張は「世界が都市化するにつれて、日本独特の発展を遂げた定形もなく、境界もない都市へと人間は集まっていく。それが、エネルギー効率も良く、平和で人種や身分や階級の対立もない生き方を実現するための唯一の希望だ」ということだ。日本中どこでも見られる城壁がないので輪郭も定かではなく、郊外との境界もない都市というやつは、諸般の事情で自然にそうなってしまうものだ。計画を立てて、その計画どおりに実現できるというものではない。

そこがむずかしいところで、伝統的に城壁でしっかり都市の周囲を固めて、その中にしか都市住民は住めないという暮らしに慣れてきた人たちには、なかなか取り入れることができないかもしれない。むしろ、アジア的混沌と表現されるような、ゴチャゴチャ猥雑な街並みが自然に育っていた国や文化圏のほうが、はるかに城壁なき都市を実現する見込みはある。昔は城壁に囲まれた都市だったとしてもそうなのだ。

城壁なき都市が経済覇権を握ってきた

それにつけても不思議なのは、十六世紀あたりから徐々に定着しはじめた近代市場経済で覇権を握った都市は、周囲は西欧的な城塞都市ばかりの伝統の中で、例外的な城壁なき都市だけだったという事実だ。第一章では、この不思議をまず歴史的に検討していく。城塞都市がヨーロッパ中で何千、あるいは何万とある中で、経済覇権を握ったヴェネツィア、アムステルダム、ロンドンは、すべて城壁で囲まれていない都市だった。

中国の広大な城塞都市

そして、意外にも近代都市文明の華というべき劇場街が世界で初めて誕生したのは、エリザベス朝のロンドン・テームズ川南岸地区でもなく、無境界都市ばかりの江戸時代の日本の江戸・京・大阪の三都、あるいは城下町や門前町でもなく、11~13世紀の南宋の首都でのことだったという事実にも注意を喚起する。堅固な城壁にまもられた城塞都市でも、中国の王宮を取り巻く都城ほど広大につくれば、多様な都市活動をするためのスペース制約はほとんどないということもあるのだ。

城壁なき都市ロンドンの発展

第2章では、ロンドンが城壁なき都市だったことが、産業革命とそれにとそれに先立つ経験主義的な知識の蓄積にいかに有用だったかを検証していく。経験主義的な知的態度は、少氷河期と呼ばれる異常低温と、飢饉と、疫病にヨーロッパ中が悩まされた時期に、ヨーロッパ各国ほぼ同時に芽生えた。だが、それが科学的知識と技術的経験のあいだに連鎖を形成したのは、ロンドンとそのころ急激に、成長した城壁なき都市群、リバプール、マンチェスター、バーミンガムなどでのことだった。

城壁は文明の発展を阻む

城壁は明らかに新しい生活態度や科学技術の進展を阻んでしまうのだ。そして、ヨーロッパの都市群では、ロンドンのように数少ない城壁なき都市でさえも、都市に住む特徴を持つ豊かで教養ある人々と、郊外や地方に住む、野蛮で無知蒙昧な輩という色分けが、現代にいたるまで根強く生き延びている。このヨーロッパ知識人が共有する大衆蔑視は、一生を通じて弱きものの味方であろうとしたジョージ・オーウェルのような偉大な思索家をもむしばんでいたのだから、ほんとうに根が深い。そして、地理的には鉄道網の発展に好適なヨーロッパで、結局、鉄道が交通機関の主役の座を維持できなかったのは、このあまりにも根深い階級意識のためだったのではないかという議論を提起する。

都市計画の病理

さらに、古くはポルトガルのポンパル公爵から、ナポレオン三世、ヒトラー、ムッソリーニにいたる都市計画の系譜も、他人の生活にあれこれ干渉したがる統制主義者の最後のよりどころとして、自然に育つに任せるべきものを強引に計画の枠にはめようとする病理の問題ではないかということも指摘する。

アメリカは理想社会から反ユートピアに変貌

アメリカは、独立後一世紀くらいは、階級意識も希薄で、城塞都市を必要としない理想の社会を形成しそうに見えていた。だが、そのアメリカが表面的には自動車の大衆化によって、もっと本質的には金持ちによる居住差別によって、反ユートピアに変貌していったことを、第3章で描く。

ヨーロッパよりはるかに厚みのある馬車持ち階級が要求した広々とした道路が、のちに自動車交通の普及と、金持ち層の都心脱出に大いに役立ってしまったのだから、ほんとうに歴史は皮肉に満ちている。そして、都心から脱出した金持ちが絵に描いたように優雅な郊外生活を実現すればするほど、都心部は複雑で大規模な社会インフラのコストを負担できない貧困層ばかりのたまり場となって殺伐としたスラムに変わってしまう。こうした問題を検証する中から、現代アメリカの大都市中心部は、完全に出口のない袋小路に陥っていることを立証する。

中国の都城

そして、第4章では、形式主義的な完成度の高い中国の都城が、ほんとうは実用財ではなく、威信財、つまりコケ脅しだったのではないかという疑問を提起する。おそらくは世界で始めて都市型知識人であることを自覚して生きた人、孔子が真剣に批判するほど、中国の郷村には世間知にたけた村の賢人が住んでいた。つまり、都城の外の生活もそれだけ安定していたのだ。また、そこには都市型知識人が一方的に村の大衆を蔑視するような伝統も育っていなかった。

中国の四角い都城は権威主義の現れで、西アジアからヨーロッパの丸い都市は民主主義の表れだというような環境決定論にも、再考、三考する余地がある。17世期に太陽王ルイ14世のもとでのパリの宮廷生活が糞尿まみれだったのに対し、11~13世紀の宋の都の都市消費文化は、欄塾といえるほどの発展を遂げていた。絶対に、16~17世紀までの世界では、東アジア、とくに宋や明や清初期の都城に生まれたほうが、ずっと幸せな暮らしができていたのだ。

それがいったいなぜ、大清帝国末期のみじめな姿に変わってしまうのだろうか。おそらく、あまりにも満々たる自信がアヘン戦争以降の激動の中で、極端な外国崇拝へと振れていったという事実があったのではないだろうか。小さな城塞都市、上海の城外にフランスが開いた租界に富裕な中国人たちがどっとなだれこんでいったというエピソードは、この心理的な逆転の大きさを物語っているように感じる。

日本の城壁なき都市の伝統

そして、わが日本の城壁なき都市の伝統に迫るのが、第5章だ。おそらく、決定的だったのは、一万年から一万二千年におよぶ長い縄文時代に蓄積された平和の遺産が、のちのちまで非常に戦乱が少ない社会を準備し、山の向こうから来る異郷の人々を、蛮族として軽蔑したり、憎んだり、恐れたりするのではなく、四季の恵みと子宝を運んでくれる稀びととして歓迎する伝統を育てたのだろう。

それから二千年の歳月が過ぎても、日本人はこの遺産を食いつぶしていない。それどころか、江戸時代にはハードな技術では欧米諸国に二歩も三歩も後れをとっても、たとえば観光旅行の産業化といったソフトな分野では、逆に大きくリードするほどの発展を積み上げてきた。

この江戸時代の平和でソフト重視の発展があったからこそ、明治維新以後の日本は世界が驚くような高度成長を続けたし、現代にいたるまで「軽やかに成長する都市」という地球全体への贈り物の最初の受益者となっているのだ。

さあ、城壁なき都市をめぐる世界史の旅へとお出かけいただこう。
(なお各段の見出しは私が振ったものです)

城壁都市は国際標準ですが、「下図」は城壁に囲まれたパリの平面図で、人口はたったの200万人、城壁が都市の発展を妨げているのは明らかです。下図で最外側の6はティエールの城壁(1840年頃)、5は徴税請負人の城壁(1787年頃)、4はルイ13世の城壁(1600年頃)、3はシャルル5世の城壁、2はフィリップ・オーギュストの城壁、1はガリア・ローマ時代の城壁。

パリの城壁

下図は中世のロンドンでテームズ川の南側(右岸)は城壁がなく同書によるとこれがロンドン発展の原動力であったという。即ち、城壁がなかったので産業革命が起き経済的覇権都市として発展、現代文明の中心地でもある。現在の「大ロンドンの人口」は約880万人である。

中世のロンドン

大ロンドン圏と大東京圏B右図に大ロンドン圏(赤)とそれよりさらに発展した大東京圏(青)との比較を示すが、大東京圏が圧倒的である。

21世紀は日本の世紀

現代社会では都市への人口集積が進むほど効率的で文明は発展すると同氏は述べているが、そうであれば唯一日本こそが21世紀に適応する国である証左だろう。

下図」は世界大都市圏ランキングである。東京がぶっちぎり3800万人で1位、大阪が2000万人で7位、その他に先進国ではニューヨークが1900万人で9位、ロスアンジェルス20位、モスクワ21位、パリ25位、ロンドン27位、ソウル29位がランキングに入り、その他は全て途上国が占めている。

先進国に注目すると、日本は圧倒的で日本以外は全体的に低位であるが、これは日本文明と西洋文明の性格の違いによる。即ち、前者は大衆社会で電車文明(私が命名)、後者は階級社会で都市発展を阻害する自動車文明であるからだと同書はいう。さらに自動車社会ではニューヨークの1900万人が限界であるという。

世界の大都市圏ランキング

経済的覇権都市の推移

近代市場経済成立以来の政治的覇権国家と経済的覇権都市の推移を同書から下表に示す。

世紀インフレ・デフレ戦争・平和政治的覇権国家経済的覇権都市覇権国家の地理的特徴
16世紀インフレ戦争スペインヴェネツィア大陸国家
17世紀デフレ平和オランダアムステルダム海洋小国
18世紀インフレ戦争フランスロンドン大陸国家
19世紀デフレ平和イギリスロンドン海洋小国
20世紀インフレ戦争アメリカニューヨーク大陸国家
21世紀デフレ平和日本(?)東京(?)海洋小国

21世紀の特徴は大衆社会

21世紀の特徴は大衆社会である。従って階級社会を特徴とする西洋文明は退場してゆくだろう。そして日本の世紀がやってくる。これは最近の世界からの日本への憧れや人気を知れば理解できる。現在日本のみが世界で唯一の大衆社会なのであり、これが世界に普及してゆく。上記で電車文明といったが、電車こそが大衆社会そのものであり、欧米では皆無な交通機関なのだ。欧米にも電車はあるじゃないかとお叱りをうけそうだが、日本様式の電車はないし発達もしなかった。だから最近日本の電車に世界が注目している。その日本様式とは首都圏等に縦横無尽に張り巡らされている鉄道網のことだ。この鉄道網がなかったとしたら世界に冠たる大東京圏成立もなかっただろう。もし電車の有効性に気づいた先進国が今から鉄道網を整備しようとしても到底不可能であるといわれている。

そして、今覇権国として君臨するアメリカやロシア、そして共産中国なども間もなく退場してゆかざるをえないだろう。ヨーロッパ諸国はもう退場してしまっている。

本日は以上です。

(関連記事)
奇跡の日本史 花づな列島


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 このブログは天皇を君主とする日本帝国の再興(政体を天皇制へ戻す)を提案しています。
 現体制の日本に未来がなく、新「日本帝国」で真の民主主義国家として生まれ変わり、ミロク社会を実現させる。
 そして、西洋文明で破壊された地球を救う為に立ち上り、全世界から武器を撲滅して戦争をなくし、万民が平等のミロク地球社会を築く努力をすべきである。

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Author:toroco
愛知県在住、昭和15年生れ、本名:野村宏、愛知工業高校機械科卒、某エネルギー企業入社、万年平社員で定年退職、好きな分野は文明論、世界統治組織に興味を抱き陰謀論にトライ、【制作・研究等での主な参考書籍】馬野周二氏著書、太田龍氏著書、田村珠芳氏著書、ユダヤ・ロスチャイルド世界冷酷支配年表(アンドリュー・ヒッチコック著)、増田悦佐氏著書、竹内文書関係、エイリアンインタビュー(マチルダ・オードネル・マックエルロイによるインタビューと手記)。Twitter「明日に向かって」

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