郡上八幡 やっちくの踊り方

ブログ夏休みで郡上八幡、今日は「やっちく」です。これは肩肘張らず淡々とまるで念仏やお経を唱えるごとくシンプルな踊りでファンも多く、歴史を感じながら踊ります。なおその歴史ですがここには郡上一揆に関わる郡上義民伝上中下巻が唄われています。

郡上八幡上流

踊りの由来についてホームページ「郡上おどり」には次のようにあります。

「承応の時代(1653年頃)から、四竹打ちといって扁平な竹片を両手に二個ずつ持って打ち鳴らしながら、小唄や踊りをする事が流行し、これを願念坊主(ちょんがれ)といった。

4万8千石の城下町として栄えた郡上八幡へは、江戸末期になるといろいろな旅芸人が入りこみ、中でも両方の手に8枚の竹片を連ねて打ち鳴らしながら「鈴木主水」や「八百屋お七」の祭文を哀調をこめて門付して唄い回ったのが、人々の共感を呼んで踊り化したといわれている。

歌詞には、この土地が生んだ貴重な歴史である、「郡上宝暦義民伝」や「郡上藩・凌霜隊」なども作られており、囃子詞の「アラ・ヤッチクサッサ」は(あら、八竹サが来た)という、それがそのものずばりの題名になったと思われる。」

やっちくの踊り方

難しいと感ずる踊りであっても仕組みが判れば簡単になる。以下は「郡上踊り保存会DVD:郡上踊り」から読み取った踊りの仕組みであるが、読んだ私が音楽や踊りの素養は皆無であり、間違いも多々あると思うが、踊りを学習しようとする方は自身で確かめてみて修正して頂きたい。
(右の動画は「やっちく」の盆踊り風景です)

歌詞
<郡上義民伝>上の巻
(アラヤッチクサッサイ)
これは過ぎにしその物語(アラヤッチクサッサイ) 聞くも哀れな義民の話(アラヤッチクサッサイ)
※以下、唄ばやし省略
時は宝暦五年の春よ 所は濃州(のうしゅう)郡上の藩に
領地三万八千石の その名金森出雲の守は
時の幕府のお奏者(そうじゃ)役で 派手な勤めにその身を忘れ
すべて政治は家老に任せ 今日も明日もと栄華にふける
※以下、延々と続く。

踊り方
(1)準備
正面(踊りサークルの中心)に面し足を軽く開いて立つ。
(踊りは時計回りに進行する)


(2)(アラヤッチクサッサイ) 12
やっちく1
やっちく2
(アラ
 アラを聞いて、体を右に回転しLOD(踊り進行方向)に向け、左足横に着地(爪先をLODに向いている)(右写真上段)。

ヤッチク 1
 右足地面を蹴って半歩前進、右手は目の高さに上げる(右写真下段)。
やっちく3
サッサイ) 2
 ②の続きで右足着地する。「サッサイ 」で左足地面を蹴って半歩前進、左手は目の高さに上げる(右写真)。
やっちく4
やっちく5
(3)これは過ぎにし 345
これは 3
 同様に(2)③の続きで、体を右に90°回転し正面に向き、左足着地する(右写真上段)。「これは」で右足地面を蹴り、右手は目の高さに上げる(右写真下段)。
やっちく6
すぎ 4
 同様に①の続きで、蹴った右足は前進せず左足の横に着地する。(以後は春駒の動作と同じ)「すぎ」で左足を正面に前進し、体を前に倒しながら右足を蹴り上げる。両手は耳の高さから体正面に振りおろす(右写真)。
やっちく7
やっちく8
にし 5
 体を起こし右足に体重を戻し、「にし」で左足大きく上げホップ、拍手打ち下ろし(右写真上段)、体を左に90°回転しLODに向き、左足は右足横に着地(爪先をLODに向いている)(右写真下段)。
以下この繰り返しです。

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Author:toroco
奴隷と戦争の野蛮で下らない西洋文明は終わりだ。新しい日本時代に向けて発言して行きたい。趣味は読書と盆踊り、愛知県在住、男性、Twitter(宙啐toroco)運営開始。