日本はアジアの光(2)大東亜戦争は聖戦であり日本は勝者だった

2月8日記事の続きで、同じくブログ「かつて日本は美しかった」さんの記事「日本はアジアの光」の後半部分に韓国人である日本文化研究家の朴鉄柱氏による「日本こそが大東亜戦争の勝者だ」という優れた記事が載っていましたので紹介します(末尾に示す目録の資料を参照し内容を付加した)。

朴鉄柱氏経歴
朴鉄柱大正11年に韓国の釜山生まれ、平成二年一月逝去(六十八歳)。大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業。住吉神社に奉職。終戦後、韓国に帰国。李承晩大統領の反日政権下であり日本研究者の為に辛酸を嘗める。朝鮮動乱をへて、昭和29年5月に「日本文科研究所」を設立。
研究主題は
1、日本上代文化の研究
2、帰化文化の研究
3、日本の信仰、道徳等精神文化の研究

なお我が国では敗戦による自国文化の否定、罵倒する言論がまかり通っていて対照的である。その後、「日本と韓国」(韓国と日本ではない)という著書を南朝鮮で出版しましたが、「反共法」にひっかかり、朴氏は裁判にかけられ、三年半の刑が言い渡されました。著書もすべて没収、焼却されてしまいました。
出獄後もKCIAからの査察を受け、投獄の憂き目をみましたが、「日本文化研究所」を「韓日文化研究協会」と変えて続けました。しかし資金はなく、赤貧洗うがごときだった。


朴鉄柱(韓日文化研究所)昭和42年ソウル

現在の日本の自分喪失は敗戦に起因しているが、元々大東亜戦争は決して日本からの戦争ではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで臨んだ。それまで日本はアジアの盟主だった。

最後はハル・ノートを受けて、それを承諾することは屈辱を意味した。”事態ここに至る。争わないで滅亡するよりは、争って滅亡しよう”と言うことが、開戦時の心境だった。それは日本の武士道の発露だった。

日本の武士道は、西欧の植民地勢力に必死的に抵抗した。それは大東亜戦争だけだけではなくて、露日戦争もそうだった。露日戦争と大東亜戦争-この日本の 2個の戦争が歴史を変えて、アジア諸国民の独立を持って来た。この意義は大きく強調しなければならない。

大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝ったか敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼビッツの戦争論である。

日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐ回復できたではないか。二百数十万の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇の対象となるのである。



さらに、同氏は下記の言葉を残しています。

ソウルから日本を眺めていると、日本が心という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。
それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくして見る事は出来ない。



下記は本記事の元記事末尾に載っていた動画です。これを見ると、我々日本人が如何に洗脳されていたかが理解できます。

大東亜戦争の名言集


下記は上記動画にある名言です。

東京裁判は正義ではなく、明らかなリンチだ。私たちアメリカがどうして日本を罰する事ができるのか?私は理解できない。(社会学者 H/ミアーズ女史(米)著アメリカの鏡・日本より)


資料目録
日本はアジアの光
韓国との付き合い方―朴鉄柱先生のこと
悲劇の知日家 朴鉄柱氏 韓国が抹殺した韓国人
日本が韓国を守った理由
朴鉄柱氏 「日本の戦争こそ、聖なる戦争であった」~美しい国・日本より転載
朴鉄柱(朴鐵柱)


追加

武田先生の動画も参照ください。大東亜戦争について解説されています。

武田邦彦『現代のコペルニクス』#96 歴史の本質



過去記事
日本はアジアの光である(1)


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奴隷と戦争の野蛮で下らない西洋文明は終わりだ。新しい日本時代に向けて発言して行きたい。趣味は読書と盆踊り、愛知県在住、男性、Twitter(宙啐toroco)運営開始。