誰も書かなかった昭和史(8)ユダヤの計画通り日本を太平洋戦争に誘導、ユダヤに狂言した売国者西園寺公望

2 ユダヤに狂言した売国者西園寺公望

明治維新は日本ユダヤ化の第一歩だった
昭和は戦前、戦中、戦後の三つの時代に分けられる。いうなれば時代の節目である。それぞれがあたかもまるで違う時代であるかのように際立った特色がある。しかしそれはあくまで時代を表面から見た場合のことだ。歴史を裏から見た場合、昭和の六四年間および平成の八年間はまるで一枚の板のように同じである。日本を真に動かす力を持つ者たちは闇の世界から常に冷静かつ冷酷な目で日本を見据えているのである。戦前日本を戦争に誘い込んだ者も、戦時中日本を敗北に導いた者も、戦後の日本を支配した権力者たちもみな同じ闇の組織に属する勢力であった。この勢力は明治維新以来日本の中枢に巣くい常に日本を背後から操ってきた。彼らは、ユダヤ・フリーメーソンである。

明治維新の功労者たちのうち、権力闘争に打ち勝って最終的に絶大なる権力を掌握することに成功したのは、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、井上馨、山県有朋らである。京都の零落した公家と薩長の下級武士などからなる藩閥であった。彼らは孝明天皇と徳川幕府を数々の謀略と軍事力で倒し、幼少の明治天皇を玉として掌中にし明治の世に君臨した。彼らは短期間で日本をアジアの小国から世界有数の軍事力を持つ強国へと変身させたが、一方では日本を急速に西洋化しアジアを劣等なるものとみなし侵略の対象とした。脱亜入欧である。

西園寺公望
西園寺公望(1849-1940)
彼らの権力を最終的に継承したのは京都の公家出身である西園寺公望であった。西園寺は明治末期、大正、昭和(戦前)のすべてにおいて最後の元老として絶大な権力をふるった。

日本の歴代首相は藩閥、軍人など最初から選ばれた権力者ばかりであったが、なかでも長州の陸軍大将桂太郎と西園寺公望のふたりによる長期にわたる交替内閣は桂園時代と呼ばれ、日本の国家形成に多大な影響を与えた。西園寺は伊藤博文のあと政友会総裁となり、日本初の平民宰相、原敬に継承させる。

明治以来の自由民権運動や民主化の動きは大正デモクラシーとともに一段と盛り上がり、政治はやがて政党へとバトンタッチされていく。政党政治にあっても西園寺の影響力は不変であった。西園寺は二大政党政友会、憲政会(のちの民政党)の両方に権勢を振るった。昭和に入っても首相は短期間で次々と交替していくが、政党がなんであれ次期首相を指名するのは決まって元老西園寺公望であった。若槻内閣退陣のあと長州の陸軍大将で政友会総裁の田中義一を首相に据えたのは西園寺であり、昭和三年張作霖爆殺事件の責任をとって退陣したあと、すでに昭和二年六月立憲民政党が結成され初代総裁に就任していた浜口を首相に上奏したのも西園寺である。

このように西園寺はその後も次々と首相が交替するたびにその絶大なる政治力を行使したのである。ロンドン条約締結で功労のあった海軍大将斎藤実や二・二六事件の岡田啓介首相、近衛文麿を首相にかっぎ出したのもすべて西園寺である。

祖国を裏切り続けた悪魔西園寺公望
昭和史を語るとき西園寺とその取り巻きの人脈がいかなる思惑でいかなる役割を果たしたのかの分析抜きに真実をとらえることはできない。彼らは当時の日本を一体どうしようとしていたのであろうか。その答をだすためには西園寺公望とはどのような人物であった のかを知る必要がある。

西園寺は明治以来、明治、大正、昭和と三朝にわたり歴任した元老である。嘉永二(一八四九)年徳大寺公純の二男に生まれ西園寺家を継いだ。慶応三年(一八六七年)参与となり戊辰の役(一八六八年)には左中将として山陰鎮撫総督に任じられ各地に転戦した。明治三年(一八七〇年)渡仏、以来一〇年間の長きにわったてフランスに滞在した。

明治一三年帰朝、「東洋自由新聞」を創刊し自由民権思想を鼓吹した。一五年(一八八二年)憲法制度調査を命ぜられた伊藤博文の渡欧に随行、帰朝後オーストリア、ドイツの公使となり、次いで賞勲局総裁、貴族院副議長、文部大臣、枢密院議長、首相代理等を歴 任、三九年(一九〇六年)一月内閣を組織して鉄道の国有を断行、四四年(一九一一年)再び組閣したが、二個師団増設問題で陸軍に煮え湯を飲まされて総辞職、爾来元老の待遇をうけ政変毎に後継首班の御下問に奉答した。

第一次組閣の前(明治三六年)伊藤博文の後をうけて二代目政友会総裁となり、大正二年(一九一三年)辞任。同八年パリ講和会議の首席全権として列席し同会議の副議長に推される。その後はもっぱら興津の坐漁荘に老後を養ったが、元老として最後まで政界唯一の最高峰的存在であった。昭和一五年一一月没、九二歳。国葬であった。

第一次世界大戦が終わり、ドイツやオーストリアが降伏しパリのヴェルサイユ宮殿で講和条約が締結されたとき出席したのは次のような人物であった。

イギリス  ロイド・ジョージ首相
フランス  クレマンソー首相
アメリカ  ウィルソン大統領
日本    西園寺公望元首相、牧野伸顕元外相

パリ講和会議はフリーメーソン会議と呼ばれた。それは、この会議に参加した各国の代表はそれぞれ最も有力なフリーメーソンのメンバーであったからである。西園寺が日本における最強のフリーメーソンであったことは自明のことであろう。フリーメーソンがいかなる目的をもつ秘密結社であるかはもはや説明する必要もないくらいだ。フリーメーソンのスローガンは自由、平等、博愛であり、その上部組織であるイルミナティの思想はこの地球上からすべての王朝と教会を暴力革命で根絶することである。この秘密結社を背後から操り支えているのは、ロスチャイルドをはじめとしたユダヤ国際金融財閥であった。このユダヤ・イルミナティー・フリーメーソソの思想に心酔しその実現をめざしていた西園寺が日本でなにをしていたかはもはや明らかである。

西園寺の究極の目的は大日本帝国の崩壊と天皇制の根絶であった。西園寺の日本における人脈は広範囲かつ多岐にわたる。日本の権力のほぽ全部を掌握していたと言ってもいいくらいだ。

西園寺の人脈はまぎれもなく日本を戦争に導いた。そして開戦後は手を尽くして日本の敗北を画策しその通りの結果に追い込んだ。終戦後同じ人脈が日本の新しい支配者となり。日本を次なるステップに誘導している。民主化、二大政党、独裁政権、日本解体、世界政府への統合の道である。

周到に準備された戦争への道
では西園寺とその取り巻く人脈は戦前の昭和に一体いかなる軌跡を残したのであろうか。その詳細を検証する必要がある。戦前の昭和には大きく分けて三つの勢力が存在した。それらは次の通りである。

1.欧米協調派(ユダヤ・フリーメーソソ)陣営
2.軍国主義者
3.日本強化論者

最初の欧米協調派が西園寺一派であることは当然である。二番目の軍国主義者とは日本が世界で有数の強国であるべきとし、そのために軍備の拡充を行って積極的に中国大陸や東南アジアへの進出を計ろうとした者たちであり、主に陸軍を中心とする集団である。最後の日本強化論者とは、石原莞爾など陸軍の少数派であり、日本とアメリカはやがて世界最終戦争を戦う宿命にあるので日本は時いたるまで隠忍自重して力を蓄えねばならない、そのためには満州の資源は必要不可欠であると説いた。

二番目の軍国主義者はそのあまりにも過激で単純な発想ゆえ、結局、欧米協調派に利用され、暴発していった。日本強化論者は欧米協調派にとって最も危険な思想である。日本が彼らの主張通り時間をかけて準備怠りなく強大化していけばユダヤ・フリーメーソンの目論見は潰えてしまう。これだけはなんとしても阻止する必要があった。このため石原莞爾は陸軍の中枢から次第に放逐されていく。

欧米協調派の戦略は二段構えであった。最初はロンドン条約をはじめとする国際関係の中で徐々に日本の力をそぎ、弱体化していくものであった。あるいは日本をできるだけ西洋化し親英、親米国家に改造することである。ところがこの戦略は、伝統的な日本の皇国 思想やひたすら強国をめざす軍部の強い抵抗にあって実現は不可能であることがわかった。次に取った戦略は過激な軍部を利用し、本格的な戦争に誘い込んで結果的に敗北させるというものであった。

この二番目の戦略を取るに当たって西園寺らは次のようなシナリオを書いた。

1. 日本の政治を混乱させ国家として正しい判断ができないようにする。

2. 日本を経済的苦境に追い込み、中国大陸へ活路を見い出す外は生きる道がないようにする。

3. 日中を相克させ、日本を消耗戦に追い込む。

4. 北一輝や大川周明などの思想家を援助し軍部を扇動させる。

5. 種々の暗殺事件やクーデターを起こし日本社会を混乱に陥れる。

6. 日本海軍の中に親英米派を育て戦争の際は日本が勝利しないよう誘導する。

7. 陸軍参謀本部の中に親ソ派を育て日本があらゆる作戦で敗北するよう画策する。

8. 日独伊三国同盟を成立させ日本をユダヤ・フリーメーソソ陣営に敵対させる。

9. 歴代首相を使って日中戦争の泥沼化と日米戦への誘導を計る。

なにやら平成の現代に起きていることと似ているではないか。戦争に至る道程には数限りなく謎と秘密がある。

歴代首相はなぜ首相に指名され、その時その時でなにをしたのか、軍部はいくつもの派閥に割れ、権力闘争を繰り返したが、彼らの思想は一体なんであったのか。数々の暗殺事件と首謀者の背景にはなにが潜んでいたのか。とりわけ北一輝と大川周明の思想とその活動の背景はなんであったのか、等々、疑問はきりがないくらいだ。

実際、昭和史を分かりにくくしているのは、当時の絡み合った複雑な時代要素なのである。しかも今まで多くの歴史家が何千冊もの本を書きながらいつも避けて通ったのはユダヤ・フリーメーソンの世界戦略である。歴史の謎を解く鍵はこの一点にあり、日本が彼ら の動かす駒のひとつに過ぎなかったことを明らかにすれば複雑に見えた問題も一気に氷解する。

日本を敗戦に導いた政治家軍人の一覧
「戦争への道」に尽力したのは、政治家、軍人、思想家、企業家などであった。では実際にどのような人物が関わり合い彼らは何をしたのか具体的に見ることにしよう。

まず政治家たちであるが、明治以来日本の政治家は基本的に四つのカテゴリーに分類できる。それらは次の通りである。

1. 親欧米藩閥政治家 岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、大隈重信、井上馨、森有礼

2. 親ユダヤ公家・官原政治家 西園寺公望、牧野伸顕、原敬、高橋是清、幣原喜重郎、広田弘毅、近衛文麿、吉田茂

3. 親ユダヤ政党政治家 加藤高明、若槻礼次郎、犬養毅

4. 親ユダヤ軍人政治家 斎藤実、岡田啓介、米内光政

このうち大久保利通、伊藤博文、森有礼、原敬、高橋是清、犬養毅の六人は暗殺され、牧野伸顕、岡田啓介の二人は暗殺未遂、近衛文麿は戦後直ちに自殺をしている。実に二〇人中九人がなんらかの形で悲劇に見舞われているのである。

さらに軍人を分類すると次のようになる。

1. 親ユダヤ海軍軍人 山本五十六、南雲忠治、井上成美、源田実、栗田健男、宇垣纏

2. 親ユダヤ陸軍軍人 服部卓四郎、辻正信、瀬島龍三

彼らはいずれも軍の中枢にあって実際の作戦命令を発し、それを実行した者たちであるが、その作戦内容はすべて敵を利するものばかりであった。彼らはあらゆる戦闘の局面で敵に手心を加え、逆に日本軍にはいつも壊滅的損害を被るように作戦を指導した。このため前線における日本の将兵はこうした無謀な作戦によってことごとく消耗戦を強いられ多くの損害を出した。

なぜ日本軍がこれほどまで惨敗を帰すことになったのか、その第一の原因は日本敗北を画策した軍の指導部にある。

彼らは勝つための戦争を始めたのではなかった。戦争の目的は最初から負けることだったのである。彼らはユダヤ・フリーメーソンであった。この本質を知らなければ太平洋戦争は永遠に謎として残ろう。多くの戦場で散っていった幾百万の英霊や今も元気で生きて いる七〇歳以上のお年寄り達はいずれも戦争の犠牲者である。戦争の悲惨さを誰よりも知っている人達である。こうした人々は先の戦争が一体何であったのか知る権利を持っている。また知る義務もある。真相を何も知らないでただこの世を去って行くのではあまりにも哀れではないか。

けれども戦後の日本では、真実はすべて隠蔽され、戦争を敗北に導いた指導者たちはいずれも英雄として賛美されている。そして人々はそれを単純に信じている。善良な国民はいつも無知で従順な羊として置かれるのだ。

著名な革命思想家もユダヤの操り人形
戦前、加藤高明以来およそ七年間(七代)続いた日本の政党政治は五・一五事件の犬養首相暗殺で終わりを告げた。以後日本は統帥権を持つ軍が中心となり「戦争への道」をひた走る。

犬養首相暗殺後に首相となった斎藤実以下真珠湾攻撃を実行する東条英樹までの九年間、一一代(九人)の首相のうち、軍人でないのは広田弘毅と近衛文麿だけである。しかし歴代の首相がいずれも西園寺公望の意向で誕生したことに変わりはない。西園寺は太平洋戦争勃発の前年昭和一五年一一月まで生存し日本政界の黒幕として君臨した。九二歳の長寿であった。

日本が危険な方向へ突き進む原因となったのは西園寺らの親欧米(ユダヤ)路線と強硬なる軍部の皇国思想が激突したからであったが、この軋轢をいやが応でも助長したのが当時の思想家、革命家たちであった。昭和に入り日本では数多くのクーデター計画や暗殺事件が発生したがその主なものと計画実行者は次の通りである。

三月事件(昭和六年三月) 橋本欽五郎中佐、長勇中佐、根本博中佐、大川周明

一〇月事件(昭和六年一〇月) 橋本欽五郎、大川周明、北一輝、西田税、井上日召、橘孝三郎、河本大作、板垣征四郎、甘粕正彦

血盟団事件(昭和七年二月) 井上日召

五・一五事件(昭和七年五月) 青年将校、大川周明、橘孝三郎、頭山秀三

二・二六事件(昭和一一年二月) 陸軍皇道派、北一輝、西田税

どの事件も日本社会に与えた衝撃と影響は大きかった。この一連の事件によって当時の日本の政権が政党から軍部へ移行したことは事実である。中でも五・一五事件は最終的に政党政治にとどめを剌した。どの事件にも特色があり、背景や首謀者もそれぞれ入れ替わっているが共通する面も多い。一連の事件の背景には、日本の深刻な不況や貧困にあえぐ農民など社会的弱者を救済することも一切しないで権力闘争に明け暮れる政友会と民政党の二大政党に対する激しい社会的反発があった。特に陸軍の兵隊たちには疲弊する農村出身者が多かった。

政治は国民の側にはなく、財閥や一部の特権階級のためにのみ存在していた。このため国民の間には、大正一一年に結成され直ちに非合法とされた共産党のごとく、社会主義の思想が静かに広がっていた。また陸海軍の将校たちの間では英米に対し譲歩を続ける政府の姿勢に怒りを覚え、憂国の情に駆られる者も増えていた。まさに社会は腐敗し病んでいたのである。

このような国家社会を改造しなければならないと考える思想家たちは軍部の青年将校と結び付き過激な行動に出るようになった。

(以上は「誰も書かなかった昭和史」ヤコブ・モルガン著、忍野昭太郎訳、1996、第一企画出版、より抜粋)

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