日本の公共投資削減と建設業談合糾弾は米帝国によって仕組まれたのだ?

一昨日、少し触れた日本の公共投資削減とその達成手段である建設業談合糾弾はアメリカ帝国によって仕組まれたのではないか?についてですが、これは私自身も最近気がついたことで、以前、B層であった僕は高架の自動車専用道路建設現場を眺め顔をしかめていたのですからマスゴミに洗脳された一人だったのです。


1990年代および2000年代初頭にかけて公共事業の入札を巡って建設業者の談合が問題になり司法による摘発やマスコミ等を使った糾弾が進められ、無駄な公共事業が利権を伴って行われたこともあり、日本国民からは公共事業に対する厳しい見かたが広がり公共事業費を減らせと言う世論が形成された。


談合は悪=公共事業、と言うマスゴミの宣伝に日本国民はすっかり洗脳されてしまったが、実際はこの考えは間違いであり、デフレ時に公共事業を減らすことは、日本経済、あるいは、国民生活にとってマイナスに作用する。正しくはデフレ時の今こそ公共事業を増加させる必要がある。


需要が供給を下回っているデフレの今こそ、若手経済評論家三橋貴明氏が述べているように、有効需要を作り出す公共事業は増加させる必要があり、これがデフレから脱却し経済を活性化させ国民生活を豊かにできる一番手近な方法だったのです。


日本がデフレ脱却し好景気になると都合が悪い国が存在する。勿論、かの金融ユダヤ帝国である。万年赤字で基軸通貨だけが取り柄の超軍事大国は日本が好景気であると帝国に日本から金が循環してこないのだ。だから同帝国の手先である日本の司法およびマスゴミ等を使って「公共事業は悪」というトリックを仕掛け落とし入れたのではないのか? そして謀略は見事に成功した。


某金融ユダヤ帝国の疑惑を追求する前に日本の公共投資の減少ぶりを見てみよう。


過去約30年間の日本の公共投資の推移を下図に示す。同図は三橋貴明氏著「日本経済を凋落させた七人」(2009年12月(株)飛鳥新社)よりコピーしました。日本の公共投資の推移はご覧のように1980年にGDP比で9.5%もあったものが右肩下がりで下がり続け、バブル後の1995年頃に一旦持ち直すものの2008年にはGDP比4%まで低下してしまった。

日本の公共投資推移


上図が金融ユダヤ帝国が仕掛けて見事に成功した結果です。


同帝国のこの疑惑解明のためにGoogle検索して見ました。そして、見事にヒットしました。2005年に書かれた「るいネット掲示板」における「入札談合の歴史」の記事(以後、「入札談合の歴史」記事と言う)を見つけました。それで、読むとやっぱり犯人はアメリカ帝国であり予想はズバリ的中です。末尾に同記事の全文を掲げましたのでお読みください。


余談です:前にも書いたと思いまが、Googleには本当に重宝しております。困った時は何でもGoogleに聞け、ですね。パソコンの設定やトラブルに遭遇したら真っ先にGoogle検索で殆ど解決します。だから何についてもGoogleは手放せません。しかし、この便利なGoogleやパソコン、インターネットは某金融ユダヤ帝国が生み出したものであり世界の人々は感謝していると思います。しかし、これは同帝国の光の部分であって、大戦後に世界を蹂躙し荒らし回った闇の部分が大きすぎて世界の人々は大迷惑し総スカンで早く滅びよと祈っている。惜しいですね。:余談終わり。


本題に戻ります。「入札談合の歴史」記事によると談合問題は徳川幕府が始まる頃にもう発生しているのが驚きです。戦後も発生していて1947年独占禁止法成立、1977年に独占禁止法改正強化、1990年日米構造協議に独占禁止法運用強化、そして極め付きは1993年のCIAの部下である東京地検特捜部によるゼネコン汚職摘発、そして2005年公取委が橋梁談合を刑事告発と進んでいます。


アメリカ帝国の対日圧力は当初1985年レーガン政権下で米ゼネコン日本参入要請から始まったようですが、その後米国は対日圧力を強め1994年に日本政府は「公共事業の入札・契約手続きの改善に関する行動計画」を発表し、90年以上続いた日本の指名競争入札制度が事実上の崩壊を迎え、この瞬間アメリカの長年の目標が達成されたと言っています。


さらに問題は1990年の日米構造協議と1993年のCIA東京地検特捜部によるゼネコン汚職摘発です。前者は協議とは名ばかりの対日命令であり、後者はCIAによる東京地検とマスゴミを使っての実力行使であり、現在の東京地検と小沢一郎の関係が摘発ゼネコンとダブって見えます。そしてマスゴミの執拗な小沢一郎叩きともダブります。


同帝国による対日圧力の当初の狙いは米ゼネコン対日参入にあったと思いますが、1985年から始まって2000年代半ばまで20年間も続いた対日工作は、途中から主目的は、日本の公共事業削減による日本経済弱体化およびドル防衛等に変わったのではないかと考えています。


そして、CIAの手先の東京地検による談合ゼネコン摘発の徹底、および、CIAの手先のマスゴミによる「談合は悪=公共事業」の徹底的な宣伝によって、「公共事業は削減すべきである」の誤った国民合意が形成され、結果、日本経済は低迷し、某金融ユダヤ帝国はしてやったりと高笑い。


以上ですが、これで本記事のタイトルの意味がご理解いただけたと思いますので、下記の「入札談合の歴史」記事をご覧頂きたいと思います。


転載開始>


談合問題を考える(②入札談合の歴史とアメリカの圧力)


 【入札談合の歴史】


16世紀末ごろ入札制度が始まったとされる 

1661年 江戸幕府が小普請奉行に談合を注意する文書

1889年 会計法を公布。国の発注を一般競争入札に

1900年 勅令で指名入札制度を新設

1902年 会計法改正。談合業者に2年間の入札参加禁止

1911年 東京中央停車場(東京駅)の建築工事の入札

1921年 会計法改正。指名入札と随意契約が行える範囲を大幅に拡大

1941年 刑法に談合罪を新設。原案を大幅修正し、処罰の対象を限定

1947年 独占禁止法成立

1949年 岡山県発注の土木工事の談合で、39人が談合罪などで起訴されるが、51年に全員無罪の判決

1973年 石油ショックを機にカルテルが多発

1974年 公取委が石油業界のヤミカルテルを刑事告発

1977年 独禁法改正。課徴金制度を導入

1979年 熊本県発注舗装工事の入札談合で熊本県道路舗装協会に排除勧告。建設談合を初摘発

1982年 静岡建設業協会などに排除勧告。ゼネコンは課徴金納付命令の対象外に。自民党の小委員会が「調整行為は違法ではない」と見解

1984年 公取委が建設ガイドライン作成。建設談合の摘発に枠

1990年 日米構造協議最終報告書に独占禁止法の運用強化盛り込む。公取委が積極的な刑事告発の方針を発表

1991年 公取委がラップ業界のヤミカルテルを刑事告発。石油ヤミカルテル事件以来17年ぶりの告発

1992年 独禁法改正。法人の罰金を500万円から1億円に

1993年 東京地検特捜部がゼネコン汚職を摘発

1995年 公取委が下水道談合を刑事告発。発注者側の日本下水道事業団の幹部も告発され、初の官製談合の摘発に

2003年 官製談合防止法施行、北海道岩見沢市の談合で初適用

2005年 公取委が橋梁談合を刑事告発


談合の摘発は90年代に入って再開されたが、それは、日米構造協議での米国政府からの外圧によるものだった。


(2005年6月26日 読売新聞より)


ここで特筆追記したいことがある。(『拒否できない日本』(関岡 英之著、文春新書)等参照)


1986年頃、レーガン政権当時のアメリカは、日本の公共工事に 是が非でも参加し たいというアメリカの建設業者の陳情を受け、「関西国際空港プロジェクト」の国際公開入札を要求した。2年間の交渉の末、1988年に日本の建設市場の開放に関して、大型プロジェクトに限ってアメリカ企業への特例措置を設けることで合意した。


しかし、それだけではアメリカの建設業者はなかなか仕事を受注で きず、今度は日本の「指名競争入札制度」に問題があると指摘し、マスコミを使って日本の公共事業の入札制度を「不透明で不公平だ!」と非 難した。


同年、公正取引委員会によって2つの談合が摘発された。

①関西国際空港プロジェクトに関わった土木業界団体に排除勧告

②米軍横須賀基地工事に関わった建設業者140社へ追徴金を課す

いずれも、アメリカの利害が深く関わっているプロジェクトで、この年立て続けに談合が摘発されたのは果たして偶然だったのだろうか?


その5年後の1993年には 宮城県知事,茨城 県知事,仙台市長やゼネコン幹部が贈収賄の容疑で逮捕されるという史上空前のゼネコン不祥事が発生。マスコミや世論から、談合や官民癒着 の構造は公共事業 の入札制度のせいであるとの非難が高まり、ついに1994年、日本政府は「公共事業の入札・契約手続きの改善に関する行動計画」を発表 し、90年以上続い た指名競争入札制度が事実上の崩壊を迎え、この瞬間アメリカの長年の目標が達成された。


この後も(現在に至るま で)、アメリカは潤沢な情報量を使い、マスコミや世論を操作しながら圧力をかけ続け、日本独特の商習慣を打ち壊していく。


06年1月4日より 施行される日本の独占禁止法の改正はその流れを汲んでこそ実現するものであることを申し添える。


転載終了>


☆☆☆

本日のボーカロイド


【初音ミク】君がそばにいるように【オリジナル曲】


「初音ミク」のオリジナル曲で「君がそばにいるように」です。完成度が高い曲で期待の新人作曲家の登場です。アップは2011年5月、動画:SOE氏、作詞作曲およびプロデューサー:じょん氏です。ニコニコ大百科によると、じょん氏はもともとピアノ弾き語りや歌ってみたを投稿、そして「初音ミク」異次元、「初音ミク」メテオ、等の完成度の高い曲を発表している注目の作曲家だそうです。

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奴隷と戦争の野蛮で下らない西洋文明は終わりだ。新しい日本時代に向けて発言して行きたい。趣味は読書と盆踊り、愛知県在住、男性、Twitter(宙啐toroco)運営開始。